俳優

柄本佑の家族が凄い!妻・安藤サクラも惚れたイケメン俳優は芸能一家だった

父は俳優・柄本明母は女優・角替和枝という芸能一家で育った、柄本佑さん。

映画やドラマに多数出演し、2020年1月スタートの『知らなくてイイコト』では、主人公の元カレ演じ、多くを語らずそっと元カノの見守る姿に、カッコイイとの声が続出。

役によって、見た目から表情まで変えてしまう佑さんは、”演技派”俳優としても人気です。

そんな柄本佑さんの、ご家族についてまとめてみました。

柄本佑|プロフィール「デビューのきっかけと学歴・経歴まとめ」

emototasuku

本 名 :柄本 佑(えもと たすく)

生年月日:1986年12月16日

出生地 :東京都

身 長 :182cm

血液型 :B型

出身高校:和光高等学校

出身大学:早稲田大学芸術学校空間映像科

柄本佑さんは、映画監督に憧れていたそうですが、母・角替和枝さんのマネージャーのすすめもあり、高校在学中に、映画『美しい夏キリシマ』のオーディションを受け合格。

主人公・康夫役として、映画初出演を果たします。これがデビューのきっかけとなり、芸能活動を本格的に開始しました。

この作品で、
第77回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞
第13回日本映画批評家大賞新人賞
を受賞しました。

演技の経験が無かったにも関わらず、役者としての実力が発揮されてたのはすごいですね。

佑さんのポテンシャルを見抜いた、マネージャーさんもすごいですが。

このデビューをきっかけに、様々な作品に出演し、数々の賞を受賞。その演技力が高く評価されています。

第40回 エランドール賞新人賞
第92回 キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞
第73回 毎日映画コンクール主演男優賞
第28回 日本映画批評家大賞主演男優賞

早稲田大学芸術学校空間映像科へ進学してからは、自主制作の映画を撮っていたそう。

佑さんが、映画監督として活躍する日が、あるかもしれませんね。

柄本佑|柄本明・角替和枝を両親に持つ芸能一家!弟・時生も役者として活躍中!

柄本佑さんは、ご両親が俳優という、芸能一家で育ちました。

父・柄本明さん、母・角替和枝さんは、言わずと知れた個性派俳優。

そして弟の時生さんも、役者として映画やドラマに引っ張りだこの、人気俳優です

父・柄本明(えもとあきら)

生年月日:1948年11月3日

出身地:東京都

1976年『劇団東京乾電池』を結成。現在も座長として舞台に立つ。

1998年『カンゾー先生』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞

その後『座頭市』などでも数々の賞を受賞。2016年には紫綬褒章を受章。

柄本明の交友関係が超豪華

明さんの実家は、歌舞伎町の裏手にあり、映画や演劇好きの家族に囲まれて、幼少期を過ごします。この頃、俳優へ憧れたそう。

工業高校を卒業後は、商社に就職しますが、俳優への夢を諦めきれず、演劇教室に通うことに。

その教室にいた同級生が、名優「松田優作」さんでした。
松田優作@探偵物語考えただけで、すごいですよね。

当時も松田優作さんのオーラは、すごかったのでしょうか。

そして、NHKの大道具のアルバイトをしていた明さん。バイト先の同僚だったのが、大杉漣さん、小林薫さんだったそう。

芸能界にデビューしてからは、渥美清さんとも親交が深かったそう。劇場時代からの30年来の親友である、笹野高史さんと3人で、芝居を見たり、飲みに行ったりしていたそうです。

柄本明はコントも面白い

明さんは、『志村けんのだいじょうぶだぁ』や『志村けんのバカ殿様』などに主演し、見事な笑い芸を見せています。

「コントは志村さんとしかやらない」と明言しているほど、志村けんさんとのコントは、特別なもののようです。

初めて共演したときは、スター・志村けんを前にして、ガチガチに緊張したそう。それでも志村さんの見事なお笑いのリードがあって、すばらしいコンビ芸が生まれました。

私は個人的に、お2人の芸者コントが大好きです。

いつも見て思うのですが、これを見るたび、アゴが疲れそうになります(笑)

明さんの演技も好きなのですが、コントも好きなので、今後も続けてほしいです。

母・角替和枝(つのがえ かずえ)

生年月日:1954年10月21日

出身地:静岡県富士市

角替和枝さんは、高校卒業後、上京して劇団に入団。つかこうへい事務所に所属します。
その後に東京乾電池に所属し、明さんと結婚されました。

長男の佑さん、次男の時雄さん、長女のかのこさんを出産。

NHK朝ドラ『おひさま』や『ハイカラさん』等に出演し、名売バイプレイヤーとして人気の女優さんでした。

和枝さんは、自他共に認めるゲーマー

佑さんによると、和枝さんは怒るとき「マリオやゼルダから何を学んだんだ!」とゲームを引き合いにするそう。

また「クラッシュバンディグー」にハマり過ぎて、手を疲労骨折したが、手を固定しながらもやり続けたという、逸話もあるようです。

ご家族の仲良しぶりが分かる映像ですね。

ゲームから「諦めない心を学べ」とは、新しい発想。さすが名優は考え方も、秀逸です。

和枝さん、原発不明のがんにより64歳で急逝

2018年10月27日、和枝さんは、原発不明のがんで64歳で亡くなりました。

がんが見つかったときには、治療できる状態ではなく、自宅療養を続けていたそう。

闘病中も、講師を務める演劇教室に顔を出していて、仕事を休むようになったのは亡くなる3か月前。

友人にもつらい姿を見せようとせず、明るく振る舞っていましたとのことです。

明るい性格は、画面からも伝わっていましたね。

佑さんの妻・安藤サクラさんとは、友人のように仲が良かったそうで、「うちのサクラが~」と、いつも自慢していたそう。

サクラさんが、NHK朝ドラ『まんぷく』の主演に迷っていたときは、「やらないなら仕事を辞めちゃいなさい」と励ましたとか。

和枝さんの、ご家族を思う姿が良く分かる、エピソードですね。

弟・柄本時生(えもと ときお)

柄本時生

生年月日:1989年10月17日

出生地:東京都

身 長:176 cm

所属事務所:ノックアウト

時生さんは、3人兄弟の末っ子で、上には兄・佑さん、姉・かのこさんがいらっしゃいます。

佑さんが受けられなかったオーディションを代わりに受け合格。Jam Films S『すべり台』で俳優デビューしました。

兄弟揃って、オーディション合格がきっかけで、デビューしているんですね。

時生さんの名前の由来は沢田研二

時生さんの名前は、母・和枝さんがが沢田研二のファンで、息子が生まれたら、名前は「TOKIO」にちなんで「トキオ」にしようと決めていたそう。

しかし兄・佑さんが生まれたとき「こいつの顔はトキオじゃねえ」となり、弟の時生さんに、この名前が付けられました。

トキオ顔ってどういう顔なのでしょうか(笑

時生さんは今でもアルバイトを続けている

現在は俳優として活躍する一方、高校2年の時からアルバイトをしていた、下北沢の居酒屋では、未だに在籍扱いとなっているそう。

時生さんは、食べていけないときに支えてくれたお店を、なかなか辞めることが出来ず、店側も真面目に働く時生さんを辞めさせるわけにはいかなくなり、現在でも定期的に、皿洗いのアルバイトに行っているんだとか。

時生さんの真面目な性格は、画面越しにも伝わってきますよね。

時生さんが所属する”ブス会”が豪華すぎる

たびたび開催されている、前田敦子、池松壮亮、高畑充希という豪華メンバーが揃う”ブス会”

ブス会メンバー意外でも、時生さんは芸能界にお友達が多いそうです。

温和な性格から、自然と人が集まってくるんでしょうね。

柄本佑|妻・安藤サクラも演技派女優として大活躍!

本 名:柄本さくら(旧姓:安藤)

生年月日:1986年2月18日

出 身:東京都

身 長:160 cm

所 属:ユマニテ

妻・安藤サクラも芸能一家

サクラさんも、佑さん同様、芸能一家で育ちました。

父親は、俳優・奥田瑛二さん、母親はエッセイストの安藤和津さん、姉は映画監督の安藤桃子さん。

母・安藤和津さんは犬養毅の孫で、サクラさんの曽祖父にあたります。

5歳の時に、父の舞台を見て女優になろうと決意するが、芸能一家という、周りの声が気になり、小学2年生のときにその夢を一旦封印。

学生時代にアルバイトなどの経験を積んだ後に高校生の時に女優の道へ進んだそう。

女優としてデビューしたのは、父・奥田瑛二さんが監督を務めた映画『風の外側』。クランクイン直前に、降板した主演女優・木村文乃さんの代役として、出演しました。

この作品には、ご両親も出演し、姉・桃子さんが助監督として、参加していたそうですよ。

柄本佑と安藤サクラの馴れ初め

映画祭に参加した佑さんに、サクラさんと共演した弟・時生さんが、紹介したのが出会いのきっかけだったそうです。

佑さんはサクラさんの声に一目惚れ。

2010年に公開の『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』で共演し、佑さんがサクラさんへ猛アタックして、交際に発展。

3年間のお付き合いを経て、柄本佑さんが25歳の時に結婚されました。

2017年6月には、第一子の女の子が誕生。

もしお子さんが、役者を目指すことになったら、すごい遺伝子ですよね!

2018年の第92回キネマ旬報ベスト・テンでは、妻の安藤サクラさんが、『万引き家族』で主演女優賞を受賞し、夫婦でW受賞しています。

佑さんによると、ご夫婦で仕事の話はほとんどしないとか。

自然体な夫婦なんですね。お子さんも、のびのび育ちそうです。